歯科衛生士の現場から

在宅歯科訪問診療での仕事

「多職種で協働する」ということの意味

佐藤 美紀さん さくらばし歯科医院 訪問口腔ケアステーションさくらばし 静岡県歯科衛生士会

作業写真

私の勤務する「さくらばし歯科医院」は、静岡県の中心部に位置する静岡市清水区にあります。午前は外来診療、そして午後は訪問診療という体制をとっています。「訪問口腔ケアステーションさくらばし」は、歯科衛生士が単独で訪問をする口腔のケアチームです。

歯科衛生士の業務としては、歯科診療の補助から食支援まで多岐にわたります。本来、歯科訪問診療は、外来診療の延長線上に位置するものです。病気を発症し通院が困難となった場合には、切れ目なく、今度はこちらが出向いて、人生の最終段階における医療(看取り)までかかわることこそ、在宅医療の原点であり、歯科のあるべき姿ではないかと思うのです。

「歯科衛生士が看取りまで?」と、不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。実は、自宅で療養をされる患者様、自宅で介護をされている方々にとって、口腔の問題は、口の中だけにとどまらず、生活の質を左右する“重大な困りごと”となっているケースが少なくはありません。

私は、歯科訪問診療、在宅や施設の口腔健康管理を専門として、20年の月日が経ちました。振り返りますと、そこには、人生を全うされた大先輩のさまざまな物語がありました。励ますつもりが励まされ、教えていただくことの方が多く、訪問先のご本人、ご家族と共に“笑い”の溢れる時間を大切に、過ごしてまいりました。そのような場に寄り添える幸せに、いつも感謝の気持ちでいっぱいになります。

口腔ケア画像

歯科衛生士の在宅訪問は、介護保険制度の居宅療養管理指導によって、月に4回可能です。「地域包括ケアシステム」の中での歯科衛生士は、“定期的にかかわる医療専門職”として、ちょっとした変化でも見つけることができる職種です。在宅チームの一員として、多職種との「つなぎ役」になり、必要な支援へと結び付けています。

では、実際に在宅では、どのようなかかわりをしているのか、一例をあげて紹介いたします。Aさんは、末期がんの80歳代・女性です。主訴は、「入れ歯が合わない。」という歯科訪問診療の依頼でした。お宅へ伺いますと、ご本人の体重減少により、上顎の義歯は落ちてきてしまい、下顎の義歯は浮いているという状況でした。早速、歯科医師によって義歯の裏打ちが行われ、先ほどまでブカブカだった入れ歯は、隙間が埋まって、ピッタリとしました。Aさんは、鏡でご自分の義歯の入った表情を見ては、満足そうにしていらっしゃいました。

『入れ歯が落ち着くと、心も落ち着く。』これは、私が高齢者分野に興味を持つきっかけをくださった加藤武彦先生の言葉です。

要介護高齢者の場合、しばらく義歯の使用を中止すると、口腔周囲筋群の廃用を認めます。口腔乾燥は、義歯の吸着の妨げとなります。Aさんには、義歯を使いこなすための練習(口腔機能管理)と、口の環境を整えること(口腔衛生管理)が必要でした。ここからは、歯科衛生士が担当します。週に1回、継続的な口腔のケアがスタートしました。

ベッド上での生活ではありましたが、リクライニング角度を上げても大丈夫でしたので、座位を保ち、義歯下にあった残根歯は、ご自分で歯ブラシを持ってもらい、磨く訓練を行いました。それは、口の清潔保持のみならず、食事の際、箸やスプーンをスムーズに動かすという練習にも繋がつながります。“口から食べる”口腔の機能は、生活全般の機能と結びついている点が多く、共通して見ていかなくてはなりません。

さらに、「嚥下」を考える時、噛むという動作「咀嚼」が、飲み込みの準備体操であることを意識して、訓練に取り組みます。

“食の自立支援”は、その人らしく生きる意欲となります。加えて、介護負担、介護費用の軽減にも繋がることです。

Aさんが旅立つ日が来ました。在宅で、最期を迎えます。主な介護者である娘さんより、「主治医の先生から、今日から明日が峠でしょうとお話があったので来てほしい。」と、お電話をいただきました。訪問しますと、Aさんのお口は娘さんの日常のケアの成果で、著しい乾燥も無く、とてもきれいでした。スポンジブラシにお茶を軽く含ませ、そっと口腔内を潤しました。すると、Aさんの口が動きました。「あ・り・が・と・う」私は、涙をこらえて、お宅を後にしました。

しばらくして、娘さんからお手紙を頂きました。「在宅での介護は、自分では良いと思ってやっていても、本当にこれで良いのかと、いつも不安がつきまとうものでした。それぞれの専門家の皆さんに、アドバイスをしてもらえたので、安心して、母を送ることができました。」

“住み慣れた地域で、安心・安全に、自分らしい生活を営む” この支援を実現するには、歯科だけでなく、それぞれの専門職が知識を持ち寄り、目的を共有することが重要だと考えます。